音楽家にとってのジストニアの原因と治療法~ジストニアを公表した音楽家一覧~/日本音楽能力検定協会

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日本音楽能力検定協会です。
今回は音楽家のジストニア(Focal Dystonia)について詳しく解説させていただきます。


音楽家のジストニアは、楽器演奏に特化した動作において脳の運動制御が異常をきたし、無意識のうちに不随意運動が発生する神経疾患です。演奏時にのみ症状が現れるのが特徴で、特に指や手の制御が困難になるケースが多く見られます。

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1.ジストニア発症の原因

(1)運動学習の過剰適応(Maladaptive Plasticity)

脳の運動野には、身体の各部位を制御する領域(運動マップ)があります。音楽家は繊細な動きを長時間反復するため、脳の運動マップが異常に変化し、指や手の動きが過剰にリンクしてしまうことがあります。

具体的な例
• ピアニストの薬指と小指が無意識に一緒に動いてしまう
• ギタリストの左手の特定の指が勝手に曲がる
• バイオリニストが左手のポジション移動をうまく制御できなくなる

通常、運動マップは明確に分離していますが、過剰な練習により境界があいまいになり、意図しない筋肉の活動が生じるのです。

(2) 長時間の反復練習とオーバーユース

プロの音楽家は1日に8~10時間も同じような動きの反復練習を行います。特定の動きを繰り返しすぎることで運動パターンが固定化され、異常な動きが学習されてしまうことがあります。
•同じフレーズを何千回も繰り返す
•指や腕に過度な負担がかかる
•筋肉の緊張が慢性化する
原因は分かっているものの、この練習はプロの音楽家になるため、プロとして活動を継続していくためには必要不可欠であるため、音楽家にとってジストニアの発症は非常に防ぎにくいものです。

(3)ストレス・心理的要因

精神的ストレスや演奏時の過度な緊張も、ジストニアの発症または悪化させる要因になります。
•演奏時のプレッシャーや不安
•姿勢の乱れや過度な力み
•痛みや違和感を無視して練習を続ける

(4)遺伝的要因

ジストニアは一部の人に遺伝的な要素があることが報告されています。家族にジストニアや神経疾患を持つ人がいる場合、発症リスクがやや高まる可能性があります。

2.予防策

ジストニアの発症を防ぐためには、適切な練習方法、姿勢、ストレス管理が重要です。

(1) 演奏フォームの最適化
•脱力し、無駄な力みを減らす(肩・腕・指・手首など)
•正しい姿勢を意識する(猫背や過度な前傾を避ける)
•手や指に負担をかけない動きを意識する

(2)適切な練習と休息
•長時間の反復練習を避ける(1セット30分程度)
•練習の合間にストレッチやリラックスを取り入れる
•疲労を感じたらすぐに休む

(3)感覚フィードバックの活用
• 指サポーターやリストバンドなどを使用することで違う感覚を与え、感覚をリセットする
•鏡を使ったトレーニングで客観的に演奏フォームを確認し、正常な動きを常に維持するよう心掛ける

(4)ストレス管理
•本番前のプレッシャーを軽減する
•目標に向けての強迫的な練習を避ける

3.治療法

ジストニアの完治は非常に難しく、未だに完全な治療法は見つかっていませんが、適切な治療で症状をある程度軽減できる場合があります。

(1)リハビリ・動作再学習
•速い動きの練習を避け、ゆっくり練習する
•問題のある指を意識的に動かすエクササイズ※今までとは違う動き
•ジストニアが発症した指を意識的に使わない

例えば、ピアニストがジストニアを発症した場合、右手の負担を減らすために左手の使用を増やすなど、奏法を工夫することで改善することもあります。

(2)感覚再学習トレーニング
•演奏に支障がない程度の薄い手袋を装着するなどして、手や指に異なる感覚刺激を与える
• テーピングなどで指を多少固定し、異常な動きを抑える

(3)薬物療法
•ボツリヌス毒素注射(ボトックス療法)
•過剰に収縮する筋肉を抑えるが、一時的な効果(数ヶ月ごとに再注射が必要)
•抗コリン薬や筋弛緩薬(副作用があるため慎重に使用)

(4)脳刺激療法(TMS, DBS)
•経頭蓋磁気刺激(TMS):脳の運動野を磁気刺激で調整し、異常な神経活動を抑える
•脳深部刺激療法(DBS):重度のケースで、脳に電極を埋め込む治療(パーキンソン病の治療にも使用)

(5) 心理療法
•認知行動療法(CBT)で演奏時の不安や強迫観念を軽減
•ストレスによる症状悪化を防ぐ

4.ジストニアを公表した音楽家、ミュージシャン

ジストニア(フォーカル・ジストニア)公表した音楽家、または公表はしていないものの明らかにジストニアの症状が見られたミュージシャンの例をいくつか挙げます。

クラシック音楽家
• ロベルト・シューマン(作曲家・ピアニスト)
• 指のジストニアが悪化し、ピアノ演奏を断念。作曲に専念することになった。
• レオン・フライシャー(ピアニスト)
• 右手のジストニアを発症し、一時的に左手のみで演奏活動を継続。のちに治療を経て両手演奏に復帰。
• ゲイリー・グラフマン(ピアニスト)
• 右手のジストニアで演奏を制限され、左手のための作品を演奏するようになった。
• ミケランジェロ・ロナルディ(ピアニスト)
• ジストニアの影響で演奏活動を一時中断。

ギタリスト
• エディ・ヴァン・ヘイレン(Van Halen)
• 明確な公表はないが、晩年の手の動きの異常がジストニアの可能性が指摘されていた。
• ビリー・マクラフリン(ギタリスト)
• 右手のジストニアを発症し、演奏スタイルを左手中心に変更して活動を継続。

その他のミュージシャン
• キース・エマーソン(ELP/キーボーディスト)
• 右手のジストニアに苦しみ、晩年は演奏活動に大きな影響を受けた。
• アレクサンダー・マルコフ(ヴァイオリニスト)
• 指のコントロールに問題を抱え、演奏スタイルの変更を余儀なくされた。

この病気はミュージシャンにとって深刻な問題ですが、克服したり新しい演奏方法を模索したりする人も多くいます。
ジストニアを公表した日本のミュージシャンには、以下の方々がいらっしゃいます。

• 山口智史さん:ロックバンドRADWIMPSのドラマーで、2009年に右足にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、演奏活動を休止されています。現在は、慶應義塾大学の藤井進也准教授と共に、ミュージシャンズ・ジストニアの研究を行っています。 

• かなすさん:ロックバンドHEY-SMITHのトロンボーン奏者で、2022年5月に局所性ジストニアを公表しました。2021年11月末頃から演奏の不調を感じ始め、診断を受けたとのことです。現在は治療を続けながら活動を継続しています。 

• 伍代夏子さん:演歌歌手で、2021年に喉のジストニア(けいれん性発声障害)を公表しました。2年前から違和感を感じ始め、診断に至ったとのことです。 

• 西川悟平さん:ピアニストで、フォーカルジストニアを発症し、演奏活動を一時中断されました。その後、7本の指で演奏する「7本指のピアニスト」として活動を再開し、国内外で活躍されています。 

これらのミュージシャンの公表により、ジストニアという病気への理解が深まり、同じ症状に悩む方々への励みとなっています。 


5.ジストニアが発症する確率

音楽家がフォーカル・ジストニア(局所性ジストニア)を発症する確率は、一般人口に比べて高いとされています。
研究によると、職業音楽家の約1~2%がこの疾患を経験すると報告されています。

音楽家におけるジストニアのリスク要因
•長時間の練習(特に繰り返しの動作)
•高度な技術を要する演奏(ピアニスト、ギタリスト、バイオリニストなど)
•演奏時のストレスや心理的プレッシャー
•遺伝的要因(家族歴があるとリスクが上がる可能性)

楽器別の発症率(目安)
•ピアニスト:全体の約 8~10%
•ギタリスト:約 20~30%
•バイオリニスト / ヴィオラ奏者:約 10~15%
•金管楽器奏者(トランペットなど):約 5~10%
•木管楽器奏者(クラリネットなど):約 5~10%

特に ギタリストやピアニスト は指や手の負担が大きく、発症リスクが高めです。

6.音楽家以外でのジストニア発症例

最後に、音楽家以外でのジストニア発症例をご紹介いたします。

1.書痙(しょけい, Writer’s Cramp)
•ペンを持って書こうとすると、手や指が異常に緊張し、文字が書きづらくなる。
•文字を書く職業(作家、秘書、教師など)に多い。

2.眼瞼痙攣(Blepharospasm)
•まばたきが異常に増えたり、まぶたが勝手に閉じてしまう。
•強い光やストレスがトリガーになりやすい。

3.口顎ジストニア(Oromandibular Dystonia)
•顎や舌の異常な動きや緊張が起こり、話す・食べる・飲み込むことが困難になる。
•歯科治療後に発症するケースもある。

4.頚部ジストニア(Cervical Dystonia, Spasmodic Torticollis)
•首の筋肉が異常に収縮し、頭が傾いたり、ねじれた姿勢になったりする。
•40代以降の発症が多いが、若年層でも起こる。

5.職業性ジストニア(Occupational Dystonia)
特定の職業に関連したジストニア。音楽家以外にも以下のような例がある。
•美容師ジストニア:ハサミを持つ手が硬直する。
•歯科医ジストニア:細かい作業中に指や手がこわばる。
•スポーツジストニア(イップスの一種):ゴルフや野球でスイングや投球がぎこちなくなる。

6.音声ジストニア(Spasmodic Dysphonia)
•声帯の筋肉が異常に収縮し、話すと声が途切れたり震えたりする。
•アナウンサーや教師など、声をよく使う職業に多い。

ジストニアは特定の動作に関連して発症しやすく、職業や習慣と深い関係があります。治療にはボツリヌス毒素注射、理学療法、行動療法、深部脳刺激(DBS)などが用いられます。

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